糸満市の与座川(ヨザガー)は、沖縄特有の宛字で「川」が付いていますが河川ではなく、豊富な水量を誇る湧水です。
昭和40年代までは付近の水道水源にもなっていましたが、現在はこれの周りが農村公園として整備され、与座川公園となっています。
■現地の解説板より「与座ガー(よざがー)」
三山時代、墓を造ろうとして偶然発見された井泉だといわれている。水量豊富な与座ガーは、与座の人々の重要な水源で、旧正月のワカミジ(若水)や産湯に使う水を汲むンブガー(産井泉)でもあった。
水源の近くに「湧泉」「大御泉」「古泉」と記した詞が設けられ、ウマチー(麦と稲に関する農耕儀礼)等にはカーミダイ(井泉巡り)と称して各門中が参拝している。
現在は「与座ガー公園」として整備され、休日には家族連れ等が訪れて水遊びを楽しんでいる。(平成29年2月 糸満市)
地形的には、東側(下写真で右側)の台地上に集落があり、そこから7~8メートルの高低差の崖地があって、そこに水が湧いている格好です。
もともとは、下写真の左端、ガードレールの横にチラッと写っているフルガー(古ガー)が先にあり、でもそれは谷寄りで農業用水としては使いにくかったので、もう少し上の方を掘ってみたところ、与座ガーが湧き出て来たとか。
公園の中で水を引き回しているのですが、その最上流部は小さな谷状になって草木が茂り、そこが柵とパーゴラ屋根とで守られています。原則立入禁止なので、実際に水が湧いているところを目の当たりにはできませんが、ここがガー本体だと思われます。
屋根に覆われている部分は40メートルほどの長さがありますが、おそらく、水を求めて掘り抜いたものと思われ、この崖のあちこちから、わらわらと水が湧いているのでしょう。
ということで、ここに向かって拝所の祠が置かれています。古ガーの拝所もひとまとめに集められていますが、この辺は、近代的な祭祀の合理化ということでやむなし。
立入禁止区域が終わると、幅広の階段で下りていく親水空間が設けられています。
公園整備の際に、昔の水汲み場や洗濯場の雰囲気を再現したものでしょうが、現代の蛇口が付いた水汲み場が別に作られているので、実際は、なんとなく階段に座ってみたりする使い方になるように思います。
でも木陰がなくて暑いので、水源部を守っているパーゴラを、もう少しだけ長くして欲しかったようにも思います。
水の流れは、ここから一度トンネルに吸い込まれて、崖下側に作られた滝と、子供プール、水汲み場へと流れていきます。
軸になる流れがこちら。滝、流れ、水車の飾りがある池が一体となっており、池の上にはパーゴラも架けられて、水遊びに使えるようになっています。
高低差を使った水の落とし方、水深の設定が上手なのか、とても勢いよく流れており、崖上段の水汲み場の時よりも、水量が増えたようにも見えます。
その池とは別に、子供用のプールも作られており、農村公園の整備としては、けっこうな目玉施設だったのではないかと思われます。
子供の膝上くらいの深さの平坦なプールで、滝のところとは違って落ち着いて遊ぶ事ができます。顔長モアイのような像は、何者でしょうか。
このプールのある小段のガケには水栓が付けられており、手足洗い場だと書かれています。
いちどプールを経由した水を流しているわけではないでしょうから、これも水源部分からどうにか引き回しているのでしょう。
もっとも、水道管で引き回さなくとも、豊富な水分が公園内のあちこちから染み出しており、気を付けて歩いていないと、滑って転びそうになリます。
こちらの「農業用取水」は、水車のある池まで流れてきた水を汲み上げていると思われます。
さて、この池の斜め向かいには「泉の広場」という公園もあります。
開園は平成元年(1989年)だと書かれているので、こちらの方が与座川公園よりも先輩格ということになります。
与座川公園とは、これくらいの距離感です。
こちらは、一面の草敷きの広場で、子供らのサッカーや、地区のお祭りなどに程よいサイズなのですが、こちら側に駐車場、トイレ、自販機など、与座川公園に足りないものがだいたい揃っています。
で、その横にコンクリート製の大きな水槽があります。農業用水としては、ここで一旦溜めて、下流に流す量を調整しているのだろうと思います。
どこからか、鶏も訪ねてくる与座川公園でした。
(2025年6月訪問)






















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