なかなかに由来ありげな町名の舎利寺(シャリジ)ですが、生野区のHPによれば、”昔(約1400年前)、この辺りに住む『生野長者』と呼ばれる立派な人に、言葉の不自由な子が生まれました。大変心配した両親は、その頃、四天王寺におられた聖徳太子におすがりしたところ、太子は子どもに向かって「前世であなたに預けた仏舎利を今すぐ返しなさい」といわれ、子どもは口から仏舎利3つをはきだし、言葉を話すようになりました。太子は2つを奈良の法隆寺と大阪の四天王寺に納め、残りの1つを生野長者に与えました。長者は大いに喜び、お堂を建て仏舎利をお奉りし「舎利寺」と名付けました。”とあります。
そんな舎利寺の一角、平野川に架かる生野橋のそばにあるのが舎利寺公園ですが、園内はとくに仏舎利とは関係なく、記念碑と滑り台、ブランコで構成される小公園です。
立派な記念碑ですが、仏教的な何かではなく、大正の終わりから1939年(昭和14年)にかけて実施された土地区画整理事業を記念するものです。
立派すぎて公園の半分くらいを占めているので、元々は公園敷地そのものが記念碑のためのスペースで、後にそこに遊具を詰め込んだのではないかと考えます。
記念碑から見た園内。
名前と記念碑ばかりが印象に残る舎利寺公園でした。
(2022年4月訪問)
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