東急グループの創設者として知られる実業家・五島慶太は、1882年(明治15年)に現在の長野県青木村に生まれました。
この生家がつい数年前まで残っていたのですが、2018年(平成30年)8月に落雷が原因と見られる出火で大きく損傷し、その後解体されてしまいました。
が、この事件とはとくに関係なく、1981年(昭和56年)に生誕地である殿戸地区の国道近くに整備されたのが五島慶太翁記念公園です。
五島慶太の長男である、当時の社長・五島昇が頌徳碑と公園とを整備したものだそうで、園名板には東急の名前が入っているので、民設民営の公園になっていると思われます。
出入口部分には駐車スペースがあって、そこから人の家のお庭に通じるような細道で入っていくと、
四季の彩りの美しい樹々に囲まれたスペースがあって、頌徳碑のほかにも四阿や手洗い場などが整備されています。
ちょっとしたお屋敷の庭をそのまま公園にしたように見えたので、はじめは「ここが五島慶太の生家跡なのかな?」と思ったのですが、ちゃんと資料を読んだら違っていました。
そして、敷地の一番奥に、頌徳碑が建てられています。
石はいくぶん大きいですが飾り気のない天然石で、隣に銅像などを建てることもなく、気の利いた碑だと思います。
■碑文より
五島慶太翁は当青木村に生を享け恵まれた自然環境と慈愛溢れる父母の薫陶の下に其の資性は剛毅闊達で克く刻苦精励し又甚だ篤信家であった
後に請われて運輸通信大臣に就任する等官民各界に亘り多大の業績を残した
殊に東京急行電鉄株式会社を核とする東急事業団の総帥として幾多の事業を振興し社会に寄與した
茲に是れを永く世に顕彰する為頌徳碑を建立する昭和56年8月東京急行電鉄株式会社 取締役社長 五島昇
田んぼに囲まれた小公園で、田園都市の実現に力を尽くした人のことを思う五島慶太翁記念公園でした。
(2021年7月訪問)
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