明治から戦後までは牛込区だった南榎(みなみえのき)町。
江戸時代にさかのぼれば、幕府直属の警備兵であり、時には火付盗賊改方となることもあった先手組(さきてぐみ)」の組屋敷があったため、時代小説にもしばしば登場する町名です。
また、林羅山を祖とする林家の墓所もあり、落ち着いた山手の住宅地らしい界隈にあるのが南榎公園です。
公園としても、樹木が多く落ち着いているのは間違いないのですが、やや大きく育ちすぎて見通しが悪いこともあってか、公園だけが周囲から隔絶された感があります。
道路に面した一番目立つところにトイレを置くという配置もまずく、雰囲気を悪くしています。
園内に入ってしまえばそれほど暗いわけでもないのですが、どこか湿っぽい感があります。
そんな暗い雰囲気を打ち払うべく奮闘しているのが、(たぶん)明るく輝く太陽と風をデザインしたコンクリート製の滑り台です。
登り口から滑り部まで、ゆるやかなカーブを描く姿もなかなかのものです。
裏面にもタイル画。
このほかには2連ブランコ、砂場があります。
一方、こちらが公園の斜向かいにある林家墓地。国史跡に指定されています。
林家は江戸幕府に仕えた儒学者ですので、お墓も儒教式の埋葬様式が一部に残っているそうです。
普段は公開されていないので塀の隙間から中を覗いてみましたが、どれが儒葬のお墓なのかよくわかりません。
奥の塀ぎわにある大きめのものなのでしょうか。
山手のわりには何故か湿っぽい空気が漂う南榎公園でした。
(2018年12月訪問)
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