日本の都市公園は約10万ヵ所。その1/100なら行けるだろうと思って始めた覚え書きですが、1000ヵ所を超えても続いています。揺れる動物も集めています。

2016年6月8日

1193/1000 中山手公園(神戸市中央区)

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兵庫県庁の北西あたり、現在の町丁名で言うと中山手通6~7丁目あたりは、明治の頃から華系(華僑、華人) の方が多く住んでいた地域で、今も中華同文学校関帝廟などがあります。
そんな中山手通7丁目の丘の上に、かつて華系人向けの共同墓地があったそうで、これが現在は神戸市長田区に移転して「中華義荘」となっています。中華義荘のHPを見ると、中山手通に開設されたのは1870年(明治3年)、現在地に移転したのは1924年(大正13年)となっていますが、日文研の所蔵地図データベースで1935年(昭和10年)発行の『實地踏測神戸市街全圖』を見ると、まだ「支那人墓地」と書かれているので、長田区に移った後も両方が並立していた時期があったのかも知れません。
日文研所蔵地図データベースより『實地踏測神戸市街全圖』1935年発行
http://tois.nichibun.ac.jp/

墓地がいつ頃なくなったのか、なくなった後はどのように土地利用が変遷したのかはよく知らないのですが、この場所が1986年(昭和61年)に都市公園として整備・開園して、中山手公園となっています。
現在の公園は、やや混み合った住宅地の奥の方にあって、丘の頂上部と、その周りの造成された平地とが合わさった形になっています。

まず平地その1。利用上は中心になる一角です。
微妙に形の違う滑り台が2つくっついた複合遊具と、揺れる動物、鉄棒などが設置されています。

反対側から見るとこんな感じで、住宅に近接した、あまり広くない区域を利用して遊具が置かれている様子が見て取れます。

続いて、平地その2。
その1から丘を越えた反対側にあります。その1よりも狭く、崖に囲まれた中にブランコだけが置かれています。丘の北斜面にあたるため、やや暗く寂しい雰囲気があります。

そして丘の頂上はというと、平坦に整地された中にケヤキの樹がポツポツと植えられている空間になっています。訪れたのが冬なので一面の落葉ですが、陽気のよい季節には、明るい木陰で憩える場所になるのではないかと思います。

明治以来、神戸にあった外国人墓地は、市街地が広がるに連れてあちこちに移転したり、集約整理されたりして現在の場所に落ち着いているのですが、その歴史の一端について知ることのできた中山手公園でした。
できれば、このことについて現地に解説板の一つでもあれば、なお良いのですが。

(2016年1月訪問)

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