浦添市の牧港と港川の境界あたりにある小高い丘が伊祖(いそ)グスク跡。そのグスク跡を公園にしたものが、伊祖公園です。
広めの駐車場、大型の木製複合遊具、寒緋桜の森など、なかなか充実した内容です。
グスク跡へ向かう道は裏道感いっぱいで、少々寂しい雰囲気。
しかし、この付近で月に2回のプレーパークがおこなわれているそうです。
グスクの中心部に近くなるほど山の中になるので、舗装がボロボロで、かなり歩きづらい状態になっていました。
(2012年3月訪問)
【2026年5月追記】
本ブログを始めた初期に訪ねた伊祖公園ですが、当時は記事の書き方も安定しておらず、かなり素っ気ない内容でした。その後に、ここが国名勝「アマムクヌムイ」を構成する要素の1つになったりして、現地の再整備なども動いているかと思い、久しぶりに訪ねてみました
まず、以前は無かった詳しい区域図入りの解説板が新設されています。たぶん一般の方はあまり興味がないと思うのですが、公園と県史跡、国名勝の区域の重なり具合が地形図上に示されているので、本ブログとしては理解度がグッと上昇します。
史跡や名勝指定を受けている部分も公園の一部なのですが、いわゆる遊び場や園地がある公園本体は、大きく上下2段に分かれており、駐車場と同じ面の下段が遊具広場、上段が芝生広場になっています。
遊具広場には、以前は砦のような大型木製遊具があったのですが、最新式の複合遊具に置き換えられていました。以前のものは、きっと老朽化で撤去されたのでしょう。
スパイラル式滑り台は、以前の木製遊具にも付いていたように思います。
複合遊具以外に、この長い滑り台は以前からあるのですが、訪ねた時は使用禁止になっていました。遠からず撤去されるのでしょうか。
ターザン遊具も同じく。躯体はそのままですが、肝心のぶら下がる部分が外されているので、実質的に使用禁止です。
駐車場脇のトイレの横から階段を上って、上段の芝生広場へと向かうと、まず大きなガジュマルが登場します。本文記事で訪ねた時は、このガジュマルの周りで定期的にプレーパークが開催されていたはずですが、今はどうなっているでしょうか。

ガジュマルの下から芝生広場を見渡します。展望休憩所が見えるので行ってみましたが、ここも使用禁止になっていました。

仕方がないので、その横手から、視界が開けている方向を眺めてみます。
雨の日の写真ですが、方角的には、14世紀頃から中国貿易に使われた牧港が見えているはずです。
おそらく城壁の遺構なのだろうと思う石垣などを横目に見ながら、頂上にある伊祖神社の新田を目指します。

着いたところがこちら、伊祖神社。昭和初期に、それまでグスク内にあった10ヵ所の御嶽を1つに祀ったものだと伝えられているそうです。
伊祖グスクは、琉球が3つに分かれていた時代(三山時代)の英祖王統の居城だったと伝えられることから、「英祖の宮」とも呼ばれてるそうです。
ここに、ちょっと古い史跡としての解説板がありました。1985年(昭和60年)の文章ですが、おそらく、その後にも本格的な発掘調査などはされていないはずなので、とくに内容更新の必要がないのでしょう。
■現地の解説板より「県指定史跡 伊祖城跡(いそじょうせき)」
昭和36年6月15日指定伊祖城跡は、伊祖部落の北東方に位置し、東西に延びる標高50~70メートルの琉球石灰岩の丘陵上に築かれた城である。眼下に沖縄最古の貿易港牧港をはじめ宜野湾、北谷の海岸、読谷の残波岬、南西には慶良間諸島を望む雄大な景観を呈し、要害の地になっている。伝承によると伊祖城は英祖王(1229~1299年)の父祖代々の居城といわれ、英祖王もこの城で生まれたという。比較的規模の小さな城であるが、丘陵を取り囲む形で石垣が巡らされている。石積みは切石積みと野面積みの両積石の技法が用いられ、東北向きの城門付近から本丸跡(現伊祖神社付近) にかけては切石積み、南西側の断崖上の崖縁は野面積みとなっている。伊祖城跡の考古学的な調査はまだ実施されてないが、城内外からはグスク系土器や須恵器、 中国陶磁等が採集されている。(昭和60年3月25日 沖縄県教育委員会浦添市教育委員会)
そして、この後、史跡区域を出て公園の西南半分を占める国名勝「アマミクヌムイ」の区域に入ったのですが、ここらで雨が降り始めたので撤収。
アマミクヌムイは「アマミクのムイ(森)」の意味で、琉球の神話における国土創生神・アマミク(アマミキヨとも)が、天帝の命により地上に降り立ち、沖縄本島や周辺の島々を順番に創っていったという伝承に出てくる13ヵ所の御嶽の総称です。
沖縄県による調査が終わったところから順番に国名勝に指定・追加されていったので、ここ伊祖グスクが追加されたのは2019年(令和元年)のことです。
■現地の解説板より「アマミクヌムイ」
アマミクとは、琉球の神話に登場する国造りの神のことで「アマミキヨ」などとも呼ばれます。神話では天上から降り立ったアマミクが順に13の御嶽を創造し、琉球の国土の元になったと伝えられています。
アマミクヌムイとは13の御嶽の総称で、現在も沖縄特有の地形・植生からなる聖地としての良好な風致景観を伝えています。













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