426/1000 楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

2013/08/10

芦屋市 身近な公園 兵庫県

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芦屋市の楠児童遊園は、国道2号線沿いにある「大楠公戦跡碑」の敷地の裏手にある小公園です。国道から石碑はよく目立つのですが、その陰にある公園はまず気づきません。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

石碑の横を抜けて公園に登っていく階段があります。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

登っていった先は、滑り台とブランコのある小さな遊び場です。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

これと言って特徴のない公園ですが、滑り台の踊り場のところの手すりが凝ったものだったので、写真を撮ってみました。最近は、こういう凝り方をしたものは減ってきました。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

ところで、石碑にある「楠公」とは楠木正成のことです。
このあたりは1336年2月に足利尊氏軍と後醍醐天皇方の楠木正成軍が戦った古戦場とされています。
この年の正月、鎌倉から攻め上ってきた足利尊氏は一度は京都を占拠しますが、後醍醐天皇方の新田義貞や北畠顕家、楠木正成らの反攻で京都を追われ、丹波から摂津にかけて陣を敷いて反撃の機会を伺います。
それを追撃してきた後醍醐天皇方との合戦が摂津の広い範囲で行われ、一連の戦に敗れた足利軍は九州に落ち延びます。しかし九州で勢力を建て直して再び京都を目指し、わずか100日後には湊川の戦いで楠木正成を攻め滅ぼします。

それから600年後の1935年(昭和10年)は、ちょうど戦前の尊皇思想が普及していた時期でもあり、神戸の湊川神社(正成を祭神とする)をはじめ正成に縁のある各地で顕彰がおこなわれたそうで、この碑もその年に建てられたものです。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)

この石碑のある土地は、この地に邸宅を構えていた実業家・斉藤幾太が提供したそうです。
後に、この幾太の胸像も建てられたそうですが、戦時中に供出されたそうで、今は台座だけになってしまっています。
台座には芦屋市の広報か何かのコピーが貼られていました。
楠児童遊園(兵庫県芦屋市)
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(2013年4月訪問)

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