2005年に市町村合併で宮古島市となった旧・城辺町の中心である福里地区にある公園です。
さほど大きな公園ではありませんが、城辺小学校・幼稚園、図書館、市営住宅などに隣接しており、なにかと使い勝手の良さそうな公園です。
敷地は尾根上に細長く取られており、タコの滑り台がある遊具広場と、忠魂碑のあるマツ林の中のブロックとが遊歩道で繋がれています。
遊具広場は、タコの滑り台のほかにはブランコと吊り橋遊具。ブランコのフレームが擬木コンクリートになっているあたりがオシャレです。
タコ滑り台は、けっこう大型で複雑な形をしたもの。
石垣島でもタコ滑り台を見たことがあるので、もしかすると日本で2番目に南にあるタコ滑り台かも知れません。
忠魂碑は1927年(昭和2年)に建立されたものということなので、移設されていなければこの場所が公園になる以前からあったことになります。
碑銘には「元帥 公爵 山縣有朋」と書かれていますが、山縣は1922年(大正11年)に亡くなっていますので経過がよくわかりません。碑銘用に書をもらってから建てるまでに5年かかったということでしょうか。それとも当時は各地に忠魂碑が建てられていますから、それ用に山縣の書が出回っていたのでしょうか。
また、上下で色目が違っていますので、もしかすると一度壊れたものを修繕しているかもしれません。色々と知りたいことの多い忠魂碑です。
両方のブロックの間には、庭園風に仕立てられたロータリーのようなものがありますが、年月の経過でさすがに草臥れていました。
(2012年10月訪問)
【2022年8月追記】
このブログで交通公園について書く時に参考にしている金子淳(2008)『交通戦争の残影 : 交通公園の誕生と普及をめぐって』を読んでいたら、ここ福里公園も交通公園としての整備が入っていた時期があるということが書かれていました。
もしかすると、最後に掲載したロータリー状の園路は、その名残かも知れません。
タコの滑り台に詳しいサイトによれば、石垣市内に2つはあるらしいので、福里公園のものは少なくとも日本で3番目に南になるようです。
返信削除