八軒町という町名は、このあたりが中洲を改良した新開地で武家屋敷が八軒しかなかったことに由来するといいます。町名変更で今はNo.213に出てきた鷹匠町に含まれていますが、鷹匠町も江戸時代に遡る町名なので、少々紛らわしくなります。
かつて中洲だったからというわけでもないのでしょうが、現在の八軒町公園も、いささか湿り気が多い感じの公園でした。
まず公園を入ったところの石敷きの目がすっかり苔に覆われています。雨上がりなど滑りそうなので注意が必要です。
また公園内も草むらがしっかりと育っており、園路以外に入り込むと足下がぐっしょりとします。
草が茂りすぎて、遊戯広場のイルカシーソーは、さながら草海原を行くイルカの群れのようです。
奥の滑り台やジャングルジムには近づくこともできません。
まともに使えそうなのは、この円形の雲梯だけでした。
しかし、その草むらの中に立つ、「さらば愛しきルパンよ」に登場したロボット・ラムダのように大きく手を広げたこの人は、No.128の両国公園で見かけた海賊の兄弟なのでは!?
どこかの公園で見かけた変わった遊具を、また全然違う場所で見つけると嬉しくなってしまいます。
●町名今昔 旧八軒町
このあたりはもと鏡川の中洲で、旧中島町の一部とともに潮江村に属していたが、郭中堤防が築かれ郭中に取りこま
れた。中洲につくられた道の両側に、武家屋敷がわずか八軒しかなかったことに由来する町名。「中島南町」と呼ばれていた時期があり、八軒町の名は明治時代
初期の記録に初めて出てくる。
●江戸時代の高知城下の地図が出ているページ
(2012年9月訪問)
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