その町名を冠したこの公園は、非常に小さな公園ではありますが、吉良邸の名残を今に伝えています。
この公園の名前を見る時に私が思うのは、「公園ができた60年くらい前には、人々の意識の中で『本所松坂町=吉良邸』が絶対的に共有されていたんだろうな」ということです。
もともと吉良邸を保存顕彰するためにつくられた公園ですので、今なら「吉良邸跡公園」のような名前にすると思うのですが、それをあえて本所松坂町としてしまったあたりにそれを感じます。もっとも、国会のことを永田町、中央官庁のことを霞ヶ関と呼ぶスノッブの影も感じられますが。
さて、現在の本所松坂町公園。
かつては約8400平米あったという屋敷跡の土地のうち、昭和初期に地元有志が購入した10m四方ほどの角地が当時の東京市に寄附されて公園となったものです。
公園の周囲は白塗りなまこ壁で囲まれていますが、当然これが吉良邸のものだったというわけではありません。
外観ほぼ全景 |
公園の中は、討ち入り後に吉良邸の清めのために遷座されたという松坂稲荷、首洗い井戸(伝承でしょうが)、近年に建てられた上野介と家臣の碑などがあります。
また、真新しい上野介の像も置かれていました。
松坂稲荷 |
吉良上野介義央公の像 |
時代は移ろって21世紀になりましたが、相変わらず年末になれば赤穂浪士の話題がニュースになる世の中ですので、もう一方の主役である吉良上野介を偲ぶ場所として大切にしたい場所です。
●墨田区観光協会による紹介ページ
(2012年8月訪問)
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