「米須の馬場」は、糸満市米須(こめす)にある馬場跡で、現状は公園ではなく道路なのですが、No.3112から続けて訪ねた馬場跡の公園たちと並べると面白いので記録しておきます。
■碑文よりンマイー(馬場)と呼ばれていますが、実際は多様な村行事が行なわれており「競馬もできる細長い多目的広場」として扱われていたものと考えます。
この馬場は、昔綱引き、競馬、原勝負、畜産品評会等を開催した。
現在は旧6月25日の綱引き、旧8月15日のウシデーク、獅子舞や家畜品評会等を開催している村興しの拠点である。西暦1988年、農村総合整備モデル事業によって舗装整備す。
現在はこんな感じで、全長約270メートル、幅約7メートルの直線道路として形を残しています。碑文によれば舗装されたは1988年とのことなので、それ以前は路側帯になっている部分に松並木などが残っていたかも知れません。
また、ほかの馬場跡と比べるとずいぶん長いので、この長さ全部が馬場だったのかどうかもわかりません。
この直線の中間あたりに交差点があって、冒頭の石碑が建つ地区公民館が設置されています。これの前面が小広場になっており、地域の歴史を語るモニュメントが置かれています。
ンマイーなのでウマのモニュメント、はわかりやすい。
これはなんだかわからないけれど、石と鉄との組み合わせが製糖工場など近代以降の施設で使われたものっぽいので、ギリギリ想像が及びそうな気がする物件。
でも、こちらの箱状の物件がなんだかわからない。
誰かのトレーナーが置き忘れられていることはさておいて、よく見ていろいろ考えてもわからない物件。
箱の中はなにかの模型になっているのですが、いったい何でしょうか。
パッと見た時に思ったのは、これは沖縄の墓の内部模型で、楕円形に縁取られているのはシルヒラシ(シルハラシ)と呼ばれる遺体安置施設ではないかと考えたのですが、あくまでパッと見の感想です。
風呂屋の湯船のようでもありますが、こんな配置で4つもあると効率がわるいしなぁ...
この穴は、模型の中に水が貯まらないようにする水抜きか、あるいは墓の入口を表現しているのか。
現地では解説板などなにも見当たらなかったので、想像で話をするしかありません。
公民館の反対側の角には四阿が建つ小さなスペースも取られています。
バス停も兼ねていて、日を避けながらバスを待つことができますし、お祭りの時にはお年寄り優先で特等席にできそうです。
その向かいには、かつてはムラで大事な役割を果たしていたであろう商店も。
ちなみにここは、琉神マブヤーの家だと現地の地図に書かれていました。見てるはずなんだけど覚えてないな。
形こそ道路になってしまったものの、公民館がある四つ角そのものが、かつての広場空間の中心として、人の集まる場所になっていた様子が伺われます。
座りウマが見つめる米須の馬場でした。
(2022年4月訪問)
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