東京芸大や谷中の寺町にも近く、静かで落ち着いた住宅地の中の小公園です。
■旧町名由来案内板より「旧 谷中清水町」
この地は、東叡山寛永寺創建後は寛永寺領地であったが、寛永10年(1633)松平伊豆守信綱(のぶつな)が拝領した。代々松平の姓を名乗っていたが、信古(のぶひさ)の代になって大河内に改姓した。大河内信古(のぶひさ)は、豊橋藩主で七万石を領していた。明治5年(1872)、大河内家屋敷地を一町として起立し、町名を谷中清水町と命名した。
町名の由来は、護国院前に明治前まであった清水門にちなむという。
清水門の名称の由来については、この地に清水が湧いていたためとされている。
昭和42年(1967)、住居表示の実施で本町は三分された。大部分が池之端四丁目になり、あとは同三丁目と上野公園に編入された。
台東区
敷地は変形の鉤型をしていますが、通りに面して大きく間口が開いており、奥の方までよく見渡せます。
引いた場所から上手に撮影するのが難しかったのですが、株立ちした大きなケヤキがぽんぽんと植えられており、その隙間に遊具が配置されているような格好です。
遊具の中で目立っているのは、奥の方に隠れた複合遊具。
敷地の都合で少し細長い形をしていますが、2本の滑り台や登攀壁がくっついています。
滑り台はもう1基、フェンスに囲まれた幼児向け砂場コーナーの中にもあります。
あとは揺れる乗り物遊具、鉄棒、コーヒーカップの回転遊具などがあります。
コーヒーカップの遊具は特徴的なものなので近くで撮影したかったのですが、その横でずっとタバコを吸っている人がいたので遠慮しておきました。
しかし実は、この公園でいちばん気になったのは、隣のマンションとの間の外壁に描かれた、ややリアルな森の動物たちなのです。
絵は上手なのですが、今ひとつ公園の雰囲気にあっていないところが、逆に印象に残ります。
ご近所にある東京芸大との関わりについても考えてみた谷中清水町公園でした。
(2019年7月訪問)
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